大判例

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東京高等裁判所 昭和43年(ネ)2023号 判決 1969年9月25日

主文

原判決を取消す。

被控訴人の請求をすべて棄却する。

訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。

事実

控訴代理人は主文と同旨の判決を求め、被控訴代理人は控訴棄却の判決を求めた。

当事者双方の事実上の陳述並びに証拠の関係は、次のとおり附加訂正するほか原判決事実摘示と同一であるから、ここに、これを引用する。

(被控訴代理人の陳述)

一、被控訴人が訴外藤田文哉に対して昭和四一年二月二三日から同年八月二三日までの間本件手形につき手形金支払請求の訴訟を提起していないことは認めるが、控訴人の消滅時効並びに更改の主張はすべて争う。なお、原判決事実摘示第三の五(記録二〇丁一〇行目以下)の債務引受の主張は撤回する。

二、仮りに被控訴人の従前の主張にして理由なしとすれば、予備的に、被控訴人は控訴人に対し本件手形振出人としての責任を問う、すなわち本件手形は控訴人所有の山栄ビル増改築工事代金支払のため振出されたもので、本来控訴人名義で振出すべきものであるが、同人には銀行に当座取引口座がなく、信用もなかつたので前記藤田文哉名義で振出したものである。他方右藤田は控訴人を代表取締役とする山栄商事の専務取締役であり、資力もなく、本件手形支払の意見もないから、その名義を用いた手形署名は控訴人自身の署名とみるべきである。しかして被控訴人は控訴人に対し昭和四一年二月二三日到達の書面により本件手形金の支払を催告したのち六ヶ月以内の同年八月一七日に本訴を提起しているから、本件手形債権の消滅時効は中断している。したがつて控訴人は本件手形の振出人としての義務を負うものといわねばならない(昭和四三年一二月一二日最高裁判決、民集二二巻一三号二九六三頁参照)。

(控訴代理人の陳述)

一、原判決は単なる履行の催告のみで時効中断の効果を認めているが、これだけでは足りず、さらに六ヶ月以内に裁判上の請求その他をしなければ時効中断の効果を発生するに由ないこと云うまでもない。本件において手形振出人は訴外山栄商事こと藤田文哉(本名藤田文夫)であつて、控訴人は手形保証人に過ぎない。したがつて原判決認定のように昭和四一年二月二三日到達の内容証明郵便により振出人藤田文哉に対し本件手形金支払請求がなされたとしても、以後六ヶ月を経過する同年八月二三日までの間同人に対し本件手形金請求の訴訟は提起されていないから、同日限り振出人藤田文哉の本件手形金債務は満三年の経過により時効消滅したことは明らかである。そして手形保証といえども附従性を有することは当然であるから、主たる債務が消滅すれば保証債務も消滅するのは云うまでもなく、手形保証人たる控訴人は民法第一四五条にいう時効完成により直接利益を受ける当事者として右時効を援用し得るものであり、たとえ保証債務自体に時効中断の事由あるときといえども右援用権を失うことはない。なお、本訴は控訴人に対し手形保証人としての義務の履行を求めるもので民法上の連帯保証人としての義務の履行を求めるものではないから民法第四五八条、第四三四条の適用はなく、控訴人に対する裁判上の請求は振出人たる藤田文哉の本件手形債務につき何等の効力を及ぼすものではない。

二、仮りに本件手形振出人藤田文哉が昭和三九年一〇月八日本件手形債務を承認したとしても、同人に対する本件手形金債権の消滅時効はさらに同年一〇月九日より進行を開始し、満三年を経過した昭和四三年一〇月九日に完成しているから、いずれにしても手形保証人たる控訴人は消滅時効の援用により本件手形金債務を免れるものである。

三、原判決事実摘示第二の(四)の(二)の末段(記録一七丁表一〇行以下)を次のとおり訂正する。

その後さらに家子来建設は原判決添付別表(B)の手形では割引を受けるのに都合が悪いので手形の交換を依頼して来たので昭和三八年三月下旬に同別表(B)の(一)乃至(十一)の手形(本件手形を含む)を返還する約定の下に同別表(C)の約束手形六通(合計五〇〇万円)および同別表(D)の約束手形九通(合計五〇〇万円)を交付したので、本件手形に対する被告(控訴人)の保証責任は更改によつて消滅した。」

なお、原判決事実摘示第二の四の(二)前段(記録一六丁表六行目)にいう「中間払(出来高による随時支払)」とは、入居申込者から保証金、敷金を受領したときにその受領金額の限度内で工事出来高に応じて弁済期が到来する趣旨である。

四、控訴人に対し本件手形の振出人としての責任を問う旨の被控訴人の主張はすべて争う。控訴人は本件手形の振出人ではない。

仮りに控訴人が本件手形振出人の責を負うべきものとしても、本件手形金債権については満期より三年を経過した昭和四一年三月二六日消滅時効が完成しているから、ここに右時効を援用する。

(証拠)(省略)

理由

一、被控訴人主張の約束手形(但し振出日の記載を除く)に控訴人が手形保証をなし、右手形が被控訴人へ裏書譲渡されたこと及び右手形は振出日を昭和三八年二月二七日と補充され、適法な支払呈示がなされたが、支払を拒絶されて現に被控訴人が所持している事実については、当裁判所も原判決の示すところの理由と同様に考えるので、ここに右理由記載部分を引用する。

したがつて、その限りでは、控訴人は被控訴人に対し右手形額面金五〇万円とこれに対する満期から完済まで手形法所定の年六分の割合による法定利息の支払義務ありといわねばならない。

二、控訴人は、本件手形については振出人たる訴外山栄商事こと藤田文哉に対する手形債権の消滅時効が完成しているから、これを援用する旨主張するのに対し、被控訴人は右時効は中断されている旨抗争するから、次にこの点を考える。

まず、本件手形の振出人たる藤田文哉の手形上の債務が、満期である昭和三八年三月二五日の翌日から満三ヶ年を経た昭和四一年三月二五日の経過をもつて時効により消滅することは暦法上明らかである。

そこで右時効の中断につき検討する。

(一)  債務承認による時効中断について、本件手形振出人である前記藤田文哉が昭和三九年一〇月八日本件手形債務を承認したと認むべき証拠は全く存しない。のみならず右藤田において前同日本件手形債務を承認したと仮定しても、翌九日から新たな消滅時効期間の進行をみることは明らかであつて、新たな消滅時効につき格別の主張も立証もない本件手形については既に満三年を経た昭和四二年一〇月八日の経過と共に新たな消滅時効の完成をみたというべきであるから、被控訴人の前示中断の主張はいずれにしても理由がない。

(二)  支払催告による中断について、成立に争のない甲第二号証、第三号証の一、二によれば、被控訴人が前記藤田文哉及び控訴人の両名に対し、前示時効完成の直前である昭和四一年二月二三日到達の内容証明郵便をもつて本件手形を含む約束手形二二通につき手形金支払の催告をなした事実が認められ、また、手形保証人たる控訴人に対してはその後六ヶ月内である同年八月一七日本訴が提起されていることは記録上明らかであるが、他方において、手形振出人たる前記藤田に対してはその後六ヶ月を経過した同年八月二三日までに被控訴人が裁判上の請求をしていないことも当事者間に争のないところである。ところで、手形保証による債務につき時効中断の事由が生じたとしても、被保証債務である手形上の主債務につき消滅時効が完成した場合には手形保証の保証たる性質上これによる債務も当然に消滅するものと解すべきである。そして、右の事実によれば、本件手形の振出人である藤田の手形債務については、催告後六ヶ月間に裁判上の請求がされておらず、また、他に被控訴人が民法第一五三条所定の所為に出た事実の主張立証がないから、主債務者たる藤田の本件手形債務は時効により消滅したものと認めるのほかなく、したがつて、控訴人の本件手形保証の債務もこれにより当然に消滅したものと解さざるをえない。被控訴人は手形行為独立の原則と手形法第七一条を根拠に振出人たる藤田文哉に対する本件手形債権の時効消滅は手形保証人たる控訴人に影響がなく、控訴人の本件手形保証債務は消滅しないと主張するが、手形保証にも随従性の認められることは云うまでもないから、既に主たる債務である振出人の手形債務が消滅している以上保証債務も消滅するのは当然であつて、このことは手形行為独立の原則や手形法第七一条の規定によつてなんら左右されるものではない。

三、しからば被控訴人の本訴主たる請求はその余の争点につき判断するまでもなく失当たるに帰する。

四、そこで被控訴人の予備的請求につき検討する。

手形の振出人とは、手形を作成してこれを流通におく意思でこれに署名した者をいい、その署名は必ずしも振出人の実氏名であることを必要とせず、仮空人の氏名であつても差し支えないが、実在の他人の氏名を使用して手形を振り出した場合にはその手形は右の他人振出のもの(他人と意思を通じて振り出した場合)か偽造の手形(他人の氏名を冒用した場合)かのいずれかであつて、手形作成者振出の手形ということはできない。もつとも、継続して他人名義で手形を振り出し、客観的にも実質上の手形作成者がこれを振り出したものと認められる程度にその振出が慣行化しているような場合は、おのずから別である。しかし、本件においては、そのような事実の主張立証がない。のみならず、本件手形には振出人として藤田文哉の署名があるほか、連帯保証人として控訴人の記名捺印があるのであるから、藤田の署名をもつて控訴人の署名と同視し、控訴人振出の手形と見るべき合理性が全くない。被控訴人の主張によれば、本件手形は控訴人の被控訴人に対する請負報酬支払のため振り出されたものであつて、本来控訴人の振り出すべき手形であり、藤田には手形支払の資力も意思もないというのであるが、かりにかかる事情があるにせよ、控訴人が振出人藤田と並んで手形保証をしている以上、振出人は名実ともに藤田であつて、控訴人は保証人としての立場において手形債務を負担したものというのほかはないのである。しからば、被控訴人の予備的請求も爾余の点の判断を待つまでもなく失当として排斥を免れない。

五、よつて右と異る原判決は失当として取消を免れず、本件控訴は理由があるから原判決を取消し、被控訴人の主たる請求を棄却すると共に当審における予備的請求もこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第九六条、第八九条を適用して主文のとおり判決する。

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